ワシントン大学今井眞一郎教授インタビュー・前編

2023年1月27日

「中年太り」にも意味がある? NMNを牽引する今井眞一郎教授に聞く、老化•寿命研究の最前線

35年以上にわたり老化・寿命研究の最先端を牽引し、サーチュイン※とNMNの重要性を世界で初めて発見した、ワシントン大学医学部の今井眞一郎(いまい・しんいちろう)教授。

11月15日に都内でリアルとオンラインで開催されたセミナー「NMNを中心とする健康長寿社会の未来 老化・寿命研究の最前線」に登壇し、これまでのNMN研究の歩みと超高齢化社会における「プロダクティブ・エイジング」の重要性を訴えた今井教授にお話を伺いました。

※サーチュイン:老化・寿命の制御に重要な役割を果たし、カロリー制限で活性化される酵素の一種。

「小太り」がちょうどいい…脂肪組織と老化の関係は?

セミナーで、脂肪組織も老化の制御において重要な役割を担っているという部分がとても興味深かったです。というのは、私たちはどうしても「脂肪」=「よくないもの」と思ってしまう傾向があると思うので……。

今井眞一郎教授(以下、今井):セミナーでもお話したように、私は老化・寿命のコントロールセンターである視床下部の働きを支えるために、脂肪組織は重要な働きをしていると考えています。

そこで、「健康な脂肪」を持っていることが重要になります。それがいわゆる「小太り」と言われている状態なのだろうと考えています。BMIで言えば、男性は25から27くらい。女性は22から24の間です。それを超えて「肥満」になってしまうと脂肪の中に炎症が起きて、NAMPT(ニコチンアミド・ホスホリボシルトランスフェラーゼ/NMNを作る酵素)が減り、NAD(ニコチンアミド・アデニン・ジヌクレオチド/生命活動に必須の物質)が減ってしまいます。そういう意味で、きちんとNAD合成ができる能力を保った脂肪が大事です。それが「小太り」のレンジにあるだろうと予想しています。

私が懸念しているのは、マスメディアを中心とした「脂肪は悪者だ」という論調です。もちろん、糖尿病など問題を抱えている方は糖質を抑えて、減量に努めたほうがいいのですが、健康な方にとっては炭水化物は重要です。特にお年を召した方ほど健康な脂肪がないといけません。

繰り返しになりますが、健康な脂肪を適度に蓄えるのはとても大事です。特に日本の若い女性はBMIが20を切る方が結構いらっしゃいます。若いうちはいいのですが、年をとってから心血管系や神経系の疾患、感染症の率が急激に上昇し、死亡する率が高くなります。そういう意味で、ある程度の年になったらダイエットは考えなくていいです、と申し上げています。

さらに興味深いのが、脂肪をどのくらい蓄えるかというのも脳でコントロールされている、という点です。バランスよく朝食をたくさん食べているとある一定のところに体重が落ち着いてきて、そこからあまり変わらなくなるのですが、その状態を保つのが大事です。

--セミナーのお話にもあった「朝からステーキ」ですね。

今井:ただ、残念ながら加齢によっていろいろな臓器でNADの量は下がってしまいます。私は、NADが下がると視床下部の神経細胞が感知して、脂肪を増やすシグナルを送って血中に分泌されるeNAMPT(細胞外に分泌されるNAMPT)の量を保ち、NADが落ちないようにしているのではないか、と考えています。それが中年太りの理由かもしれません。太り過ぎはダメだけれど、それ以上に痩せるのもダメ。そこで、若い頃の安定点にある程度保つために、NMNを補給することが重要になってきます。

お話を伺った今井眞一郎教授

余命を予測できるようになる?

--ヒトで血液中のeNAMPTの量を測定すると、長生きできるか予測できるかもしれないというお話も興味深かったです。

今井:マウスが年をとってきたタイミングでランダムに個体を集め、その時点で血液中のeNAMPTの量を測ってから、一匹一匹があとどのくらい生きるかを測ってグラフにすると正の相関が認められます。つまり、血液中のeNAMPTの量が余命を測るためのマーカーになり得る。なぜマーカーになるかというと、老化と寿命をコントロールしている視床下部のNADの合成を支えることによって重要なフィードバックループを形成する一部になっているからなんです。単に正の相関があるというだけではなく、メカニズムとしての裏打ちがあるということです。

eNAMPTに限らず、老化•寿命研究の最先端の部分ではっきりと分かってきたことは、若い頃の血液中には体を若い状態に保つための因子がある、ということ。逆に、老化した個体の中には若いマウスを老いさせるファクターがあるらしい。パラバイオーシスという若いマウスと年寄りマウスの体を手術でつなげることによって、若い個体の体液を老いた個体へと循環させると、老化を防ぐ効果が出ることが知られています。今はそのファクターを突き止める研究が世界で行われていますが、既にいくつかのファクターが同定されており、eNAMPTは数少ないうちの一つです。そしてeNAMPTが作り出す物質がNMNであることを考えると、NMNとeNAMPTが似た作用をもたらすことができるはずだと予想されるわけです。

--今はマウスということですがヒトでも同じことが言えるのでしょうか?

今井:マウスもヒトもeNAMPTやNMNを持っているので、同じように働いている可能性はある、と思います。ただ、マウスとヒトは大きく違いますし、私たちが研究で使っているマウスは遺伝的に均質なものです。ヒトの集団は遺伝的に異なる個体の集団なので、マウスと同じようにきれいにいくかどうかはわかりません。うまくいくかもしれないし、いかないかもしれない。遺伝的な多様性と言いますが、ある特定の性質をもっている人では、eNAMPTの量が寿命と結びついていたり、ある特定の疾患の率と結びついたりしているのでは、と予想しています。例えば「eNAMPTの量が少ない人は◯◯という疾患になりやすい」「eNAMPTの量が多い人は、健康寿命が長い」といったことが分かってくる可能性があります。ただし、まだ証明はされていません。

がんとNMNの関係は?

--老化とがんには密接な関係があると思うのですが、がんになった人がNMNをとるのは問題ないでしょうか?

今井:今のところははっきりとわかっていません。がん細胞の中にはNADの高い合成を要求するがん細胞もあります。論文にはなっていませんが、白血病の細胞にNMNを与えると増殖を促してしまうケースがあることがわかっています。ただ、NMNをずっと与えるとがんになるかというと、マウスの長期投与の研究ではそうした事例は一切認められていません。がんになる率は普通と一緒です。むしろ、NMNが視床下部にいってサーチュインの機能を活性化して寿命を延ばすと考えると、がんによる死亡は遅れて起こることになるでしょう。実際にサーチュインの機能を脳で高めたマウスでは、がんによる死亡が有意に遅れることがわかっています。

しかし、がんになった細胞を持っている人にNMNを与えた場合、どうなるかは未知数です。これは私の予想ですが、NMNを与えてはダメながんと、がんを攻撃する免疫細胞の働きを活性化してがんを抑える方向にいく場合と、ふた通りあると思います。今の時点ではっきり言えるのは、NMNを長期投与した場合にがんの率が上がるという現象は少なくともマウスでは認められていない、ということです。

プロフィール今井眞一郎 教授
1964年東京都生まれ。慶應義塾大学医学部卒業、同大大学院修了。医学部生の頃から細胞の老化をテーマに研究。1997年渡米、マサチューセッツ工科大学にて老化と寿命のメカニズムの研究を継続。2000年、サーチュインによる老化・寿命の制御を発見。2001年からワシントン大学助教授、2008年准教授、2013年から現職。老化•寿命のメカニズムの研究、およびNMNを中心とした抗老化方法論の研究を牽引する。

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